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INTERVIEWVol.1

福田 師王

ドイツで経験した
刺激的な日々とは

YM

Interview by 松尾祐希

2023.07.31

2023年1月に神村学園高からドイツ・ブンデスリーガ1部のボルシア・メンヘングラードバッハに加入した福田師王選手。ドイツで味わった刺激的な日々を振り返ってもらった。

――加入1年目はU-19チームの活動をメインにしつつ、U-23チーム(セカンドチーム)でもプレーをしました。改めて、異国の地でのプレーはいかがでしたか?

昨年8月に2度目の練習参加をしていて周りに自分の特徴をアピールできていたので、すんなりとチームに入れました。ボールも徐々に来るようになったおかげで、U-19チームのリーグ戦で8ゴールを決められたと感じています。

――8月はアピールできたというお話ですが、初めて練習に参加した昨年3月の時はうまくいかなかったのでしょうか?

3月に行った時は(自分のコンディションが)悪かったのもあるんですが、他の選手からは「こいつダメだろ」という目で見られていましたね。なので、8月に参加した際は自分でボールを奪って、ひとりでやってやるという意気込みでプレーしたんです。

――ボールが来ないシチュエーションはなかなか日本では味わえないですよね。戸惑いとかはなかったのでしょうか?

楽しいなって思っていました。逆に「やってやる!」「認めさせる!」というテンションでしたね。

――認めさせるためにはアピールが必要です。具体的に練習ではどんな意識をしていたのでしょうか?

とにかく結果を残す。それだけでしたね。ゴールを決めれば、評価も上がるし、信頼されて周りと関係性が構築できると思っていました。

――ただ、ゴールを奪うためには特徴を理解してもらう必要があります。右も左も分からず、言葉もなかなか通じない中でのプレーは苦労が絶えない気がします。

そうですね。なので、どんな状況でも練習から誰よりもボールを要求していました。クロスが入ってくる場面では誰よりも声を出していましたし。とにかくパスが来れば、確実にチャンスを仕留めることは心掛けていましたね。

――合流直後はドイツ語を本格的に学び始めました。試合や練習でコミュニケーションを取るのは大変だったと思います。戦術面の理解もまだ深まっていませんでしたが、ピッチ外の問題はどう感じていましたか?

最初は言葉の壁があって、本当に辛かったですね。「みんな何を話しているの?」と思っていましたから。本当に輪に入れなくて難しい状況が続きました。でも、ドイツに渡ってからデュッセルドルフの語学学校に通うようになり、徐々にドイツ語を覚えたんです。コミュニケーションが取れるようになって日々の生活が楽しさが増したのは、サッカー面でもプラスに働きましたね。

――サッカー面も日本と海外で性質が異なる部分もあります。違いはどうでしたか?

ドイツのサッカーはインテンシティーが高かったですね。最初は60分で足が攣るぐらいでしたから。フィジカルもまだまだで、本当に全てが未熟だと痛感させられましたね。

――具体的にどういう状況がフィジカルに負荷をかけていたのでしょうか?

ピッチがぬかるんでいるのも影響がありましたし、サッカーのスタイルが違うのも要因でした。日本のサッカーは丁寧にボールを回すことが多いですが、ドイツのサッカーは縦に速い。流れについて行くのに必死で、かなりきつかったんですよ。

――今は慣れて90分間戦えるようになったと聞きました。

そうですね。対応するために筋力トレーニングはかなりやりました。チームメイトは3セットしかやっていなくても、自分は4セットやって追い込む。周りの選手よりも1セット多くやるようにしていました。背筋もかなり鍛えましたし、実際に体重もドイツに来てから4kg増えましたね。そしたら、足も攣らなくなりましたし、海外の選手に対しても当たり負けをしなくなりました。

――身体を鍛えるためにはトレーニング以外で大事なのが食事面です。ドイツの食事に適応するのも大変そうですよね。

食事の内容は問題なかったんですけど、塩分が強くて、最初のうちは口に合わないと感じていましたね。でも、それ以外は全然大丈夫でしたよ。

――そういう意味では文化にも戸惑わず、現地の生活にすんなり馴染んでいる感じですよね。

そうですね。生活は問題ないですけど、オフに誰かとご飯に食べに行けないのは辛かったかもしれません。神村学園の時は仲間とご飯に行けましたけど、ドイツには周りに友達がいるわけではないですし、ご飯も最初は口に合わなかったので1人で外食しようとも思わなかった。あと、洗濯物も苦労していますね。自分は寮生活をしていて、洗濯物を出したらやってくれるんですけど、戻ってくる時に服が紛失したり、毛糸がついて返されたりするんですよ(笑)。あとはなんだろう…。日本に帰る際に長時間のフライトがあるので、それはかなり辛いかもしれません。

――あとは身近に日本人選手がいる環境も福田選手にとっては大きいですよね。トップチームでプレーしている板倉滉選手や22−23シーズンにシャルケでプレーしていた吉田麻也選手の存在に助けられたと聞きました。

そうですね。仲間と外で食事をする機会があまりないんですけど、板倉選手や吉田選手がたまに誘ってくれたりするので、先輩の存在は大きいです。やっぱり、同じチームや近くに日本人選手がいる環境に救われました。正直、先輩たちがいなかったら精神的にやばかったかもしれません。